時間切れ

全ての人に平等に時は流れているんだから、
そりゃ15歳の私も26歳になるだろう。

割といい年になってしまった自分に
自分の意識が追いついていない。

外の空気が夏を帯びてきているのを感じる。
社会に出て4回目の夏。

会社の行き帰りはいつも音楽を聴いている。

無くし癖がひどい私は年に3回から4回くらい
イヤホンを買い替える。
定期券も季節の変わり目と共によく無くす。

大事かどうかは大きな問題ではなく、
持ち運べるモノであれば大体なくすので仕方ない。

次の季節のことを考えて頭がぼーっとしていると、
カバンに入れたはずの定期もイヤホンも
いつもどこかに消えている。

イヤホンは、
安くて音が出るものなら大丈夫という基準で選んでいる。
あとは、多少色が目立つやつとか。
(少しは無くさないようにという努力も一応している)

安くて派手な色のイヤホンから流れる大森靖子
最寄り一つ前の駅についた私の心をぐちゃぐちゃにする。

ずたぼろで最高のかわいいを歌ってくれている彼女。

言葉に共感するということは私は私の感情を自分で
何かしらの形にするだけの能力がなかったということだ。

こんな歳になってもまだ、
自分の内側から湧き出たものが誰かを揺さぶることがあるのではないかと信じている。

人に見せない限りそんな日は絶対に来ないのにね。

26で結婚、27で出産した彼女の人生を私がなぞることはもうできない。

25歳で結婚していた母の人生や彼女の人生を
自分の人生が既に飛び越えている事実。
まぎれもない現実だけが帰り道のコンビニの灯り
みたいにぼんやりと光っている。

気まぐれの死にたいに勝ってここまで生きてしまった。

若いが取り柄、優しいが取り柄、
お人よしが取り柄でなんとか生きながらえた。

この後のことは全く分からない。

母は、きっと大丈夫だよと笑うけど
それは大丈夫だということで大丈夫になる魔法なのだ。
私はこの夏会社を辞める。