家に帰る

引っ越しから2週間が経った。
意を決してはじめた一人暮らしではあるけれどもまだ実感が分かず、洗濯機をまわしても、料理をしても、おままごとのような感覚が抜けない。

休日に友人達が手伝いにきてくれたおかげもあって、日は短いながらもある程度片付けができた状態で生活のようなものをなんとかこなしている。

今日は家族の誕生日を祝うため久しくもなく実家に帰ったのだけれど、わたしが出たままの状態で実家が存在していることに本当に安心してしまった。晩ごはんの支度ができたわたしの席に赤い水玉のわたしのお箸が並んでいるのを見て、さらにほっとする。

いつか、わたしがいないことのほうがこの家の当たり前になったときも、わたしが使っていたマグカップやお箸がわたしの存在をこの家で示し続けてくれるのだろうか。

弟はわたしのあげたプレゼントを喜んでいたし、親はしきりに煮えたすき焼きのお肉をわたしと弟の皿へ取り分けては暮らしのことを聞きたがった。

ケーキを食べて一段落しテーブルの片付けが終わったあと、母が「まちなみちゃんがいないとさみしいよ」とぽつりと言った。わたしは、「すぐ帰ってこれるしいつでも帰ってくるよ」とごまかした。

わたしは今、自分の家へ帰る途中の電車のなかでこの文章を書いている。

本当は知るべきだったこと、本当はいくべきだった場所、選択肢にも挙がらないまま失くなっていったものの上にわたしの人生は成り立っている。

本当はもっといい選択肢もあったのかもしれないが、わたしにそれを知る術はなく結局今のわたしだけがここに残る。